イソップ資料の部屋

遠藤董と凸字本『イソップ物語』

2026年1月25日

『イソップ資料』第16号(2025年5月31日発行)で、「Bibliography of the Japanese Empire(『大日本書史』)が言及するイソップ物語――盲教育とイソップ寓話――」なる小論を発表した。新村出の小さな記事をきっかけにして、Henry Foulds(1843~1930)という明治7年(1873)に来日した宣教師が、視覚障害者の教育のために作成した凸字の『イソップ物語』を少し調べたものである。凸字とは手で触ってわかるように、紙に字形を盛り上がらせた文字である。点字が普及するまでの間一時期使われていた。この『イソップ物語』は現在、筑波大学附属視覚特別支援学校と京都府立盲学校が所蔵している。
第16号を発送した1,2週間後に遠藤邦基氏(奈良女子大学名誉教授)からお便りをいただいた。それには、曽祖父の家に凸字の『イソップ物語』があったと記憶していると書かれてある。いささか驚いた。曽祖父とは遠藤董(えんどうただす、1853~1945)という方である。調べると、鳥取県で「郷土教育の父」と呼ばれる明治から昭和にかけての教育者であった。後の鳥取県立図書館の前身である久松文庫(きゅうしょうぶんこ)を明治23年(1890)に設立している。また障害児教育の先駆者でもあり、現在の鳥取県立鳥取盲学校と鳥取県立鳥取聾学校の前身である私立鳥取盲啞学校を明治43年(1910)に設立している。凸字本『イソップ物語』を所蔵するのに相応しい経歴の持ち主である。残念ながら邦基氏によると、蔵書は昭和27年(1952)の鳥取大火で焼失したとのことである。鳥取県立図書館には董の胸像があるそうである。機会があれば訪ねてみたい。
邦基氏の尊父、遠藤嘉基氏(1905~1992)は京都帝大で新村出の教えを受けており、昭和10年(1935)に京都帝大の講師に就いている。新村とはごく身近な関係にあった。そこでこんなことを想像する。嘉基氏が言う、「私の祖父が凸字の『イソップ物語』を持っていますが、先生ご覧になりますか」と。新村が応える、「それは是非見たいものだ。一度案内してほしい」と。そんな会話があったのではないか。ただ、あったとしても、新村が見ていたならば、それについて何か書き残していそうなものだが、それは見当たらない。実現はしなかったのであろう。
遠藤邦基氏は、2025年11月3日に他界された。私に貴重な証言を遺してくださったことに感謝申しあげるとともに、ご冥福をお祈り申しあげる。

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